朝ドラ『虎に翼』で話題! 俳優・伊藤沙莉。
Culture 2024.05.28
彼女がセリフを発し、動き出した瞬間、画面に新鮮な風が吹き込み目が離せなくなる。主役として、バイプレイヤーとして数々のキャラクターに奥行きを与えてきた若き名優、伊藤沙莉。ここ数年の出演作を振り返るだけでも、映画『ちょっと思い出しただけ』では東京の街でタクシーを走らせる運転手、『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』では不思議な依頼を受けるバーテンダー兼探偵、ドラマ『シッコウ‼〜犬と私と執行官〜』では執行官の世界に飛び込んで事情を抱えた人たちに心を寄せる主人公を演じるなど、驚くほど幅広い役柄に挑んできた。4月からスタートしたNHK連続テレビ小説『虎に翼』で演じているのは、日本初の女性弁護士であり後に裁判官となった人物。朝ドラ出演は2017年の『ひよっこ』以来、満を持しての主人公となる。
「撮影に入る前には、私が演じている寅子のモデルである三淵嘉子さんの本をたくさんいただき、明治大学でも講義を受けさせてもらって、寅子と同じように私自身も『なんで?』と感じた法律が存在していたことを教わったんです。寅子の悶々とした気持ちを理解する上で参考になりましたし、ありがたい時間でした」
クランクインしたのは昨年の9月。まだ撮影は続いているが、「今後の人生においても不可欠な経験になることは間違いないと思います」と、確かな手応えを感じている。終盤までの展開を俯瞰して芝居を組み立てていく朝ドラの現場は、彼女に新たな視点をもたらすことになった。
「起承転結の結の部分から撮ることもあるので、逆算してテンションを考える必要があるんです。いままでもすべての作品が順撮りだったわけではないですが、年齢さえも超えて全体のバランスを考えるのは初めての経験。すごく難しいことですし、計算しながらのお芝居はあまり得意ではないのですが、前よりも少しだけスマートに考えられるようになりました」
演技プランを固めすぎず、集中力を高めるスタイル。
自分が納得できないことには異を唱え、すぐに表情に出てしまう主人公、寅子。伊藤が「人間らしくて動物的」だと語る寅子のくるくると変わる表情は、向き合う相手の芝居を受けてビビッドに返す瞬発力があればこそ、生まれてくるものなのかもしれない。
「資料を読み込んだり、感情の流れについては整理していきますが、あらかじめそのシーンのお芝居のプランを細かく決めてしまうと、『自分が考えていた"間"でできなかったな』みたいなことを本番中に思ってしまうんです。集中力がないんですよね(笑)。子役時代はなにがなんだかわからない状態でやっていることも多かったので、その名残があるのかもしれない。シーンごとにしっかり集中するためには、あまり余計なことをせずに現場に臨むほうが、自分には向いているのだと思います」
この日印象的だったのは、写真撮影の間、スマホで自らBGMを流していたこと。演じる役柄で聴く音楽も変わるのだという。
「役柄や、その人と誰かの関係性に合ったテーマソングを見つけるのが好きなんです。寅子を演じるにあたって最初はバックナンバーさんの『ベルベットの詩』を聴いていました。主題歌が米津玄師さんの『さよーならまたいつか!』に決まってからは、毎朝車の中でこの曲を聴くことで、スッと世界に入ることができています」
9歳でデビューして、昨年、芸能生活20周年を迎えた。30歳となる今年、俳優として思い描く理想像に変化はあるのだろうか。
「型でやる芝居はよくないと思ってきたけど、同じレベルをキープできるのも素晴らしいことなんじゃないか。リアルに感じるお芝居を理想としてきたけど、いろんな正解があるんじゃないか。そんな風に、お芝居ってなんだろう?と、ふと考える時間が増えてきました。理想を掲げるというより、『はて?』と疑問を感じながら生きた寅子のように、きっと一生考え続けて、死んでいくんだろうなって思います」
---fadeinpager---
WORKS
連続テレビ小説『虎に翼』
主人公は「五黄の寅年」に生まれ、トラコと呼ばれている猪爪寅子(ともこ)。女性が弁護士になれなかった時代に法曹界に飛び込み、さまざまな困難を乗り越えていく。声なき者たちに手を差し伸べる寅子を伊藤が演じる。
---fadeinpager---
ポッドキャスト『お互いさまっす』
ともに芸能生活20周年を迎えた友人でもある松岡茉優とともに、昨年からスタートしたポッドキャスト番組。リスナーから「イライラしたこと」など喜怒哀楽エピソードを募集して、"お焚き上げ"をしていく。
連続テレビ小説『ひよっこ』
東京オリンピックが開催された1964年から始まり、高度成長期に地方から上京したヒロイン、みね子(有村架純)の青春を描く。伊藤が演じたのは、みね子の幼馴染に恋をした米屋の娘、米子。初の朝ドラ出演作となる。
photography: Sakiko Nomura text: Mika Hosoya